「アンのゆりかご―村岡花子の生涯―」を読んで
        ≪「アンのゆりかご―村岡花子の生涯―」を読んで≫

        NKHの朝ドラの種本、「アンのゆりかご―村岡花子の生涯―」が
        たまたま身近なところにあったので、借りてきて読んでみた。

        すごく面白くて、ほぼ1日で読み切った。
        読後は、こころにぽっとあかりを灯されたように、
        ほのぼのとした温もりのようなものがもたらされた。

        一人の女性の生き様が、厳しい時代背景と共に浮き彫りにされ
        描写されていた。

        著者は孫娘とのことだが、しっかりとした客観性を持って
        したためられていたことにも感心した。

        私も少女の頃に読んだ、「赤毛のアン」は
        イギリスの作家の作とばかり思っていたが、カナダ人の作品だった。

        村岡花子は明治半ばに生まれ、
        カナダ人の女性宣教師が運営するミッションスクールで
        カナダ式女子教育を受けた。
        当時の日本は大変、貧しく、その中にあって
        さらに女の地位は著しく低く厳しいものだったようだ。
        家庭の中にあって、「女中」のごときもの。
        いや、それ以下か?

        村岡 花子
        村岡花子

        このミッションスクールはキリスト教の布教と同時に
        このような日本の女の「地位向上」を目的に設立されたと言う。

        村岡花子は貧しい家に生まれながらも
        父の偏愛と極端な期待を受け、8人兄弟の中で
        ただ一人、高等教育を受けさせてもらったようだ。
        ドラマではどう扱われるかわからないが、
        長男は行き倒れのようになって亡くなったらしい。
        この1点だけでも、父の偏愛が伺える。

        教育を通し日本の女性の地位向上をはかるべく、設立されたキリスト教女学校。
        花子は寄宿生だったので、学問のみならず、生活スタイルなども
        カナダ式を学んだ。
        花子は父の期待、そしてこの女学校の申し子となって
        翻訳活動だけでなく、婦人参政権獲得、公娼廃止運動など
        社会運動にも加わるという、行動的な人になっていった。
        元祖女性DJ?にも、なって活躍したようだ。
        政治家では市川房枝、小説家では林扶実子、宇野千代等々たくさんの
        知識人と交流を持つ。

        花子と白蓮役のふたり
                花子、白蓮役のふたり

        第2次世界大戦時には英語は敵性言語、大変な苦労もあったようだ。
        戦争中は英語で書かれていると言うだけで、「焚書」した時代。
        全く、戦争ほど愚かしいものはない!
        現代のナショナリズムの流れが、また、
        この愚かしい時代を再現するのではないかと恐ろしい‼


        20代にして、ペンで身を立てた人だ。
        英語力は並外れていたし、翻訳のバックボーンには
        歌人の佐々木信綱に短歌の指導を受けたことなどが大きいようだ。
        訳文に広がりと深さをもたらすには、日本文学に深く通じるものがないといけないんだ!

        今回は活躍した部分だけを取り上げたが、
        その他にも、とても興味深い逸話もたくさんあった。
        機会があれば、また、触れたい。
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        【2014/05/31 21:23】 | 映画 絵画 音楽 TV など | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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