会津訪問
        ≪会津訪問≫

        仕事で会津に行った。
        以前にも一度訪れたことはあったが
        駆け足旅行で、市内については記憶はおぼろげにしかなかった。

        仕事の合間に鶴ヶ城などを訪ねることができた。
        鶴ヶ城は昨年の大河ドラマ「八重の桜」にも登場したので
        ぜひ訪れてみたかった名所である。

        明治政府の「廃城令」で全国の多くの城が取り壊されたようであるが
        鶴ヶ城もその一つである。
        昭和になって再建されたようであるが
        ここは「戊辰戦争」のおり、大砲などで砲撃されたりして
        無残な姿にもなってしまったことでも知られる。

        そして、今回、大変すばらしい城の案内ボランティアさんに巡り合って
        丁寧な解説を受けることができた。

        鶴ヶ城



        ボランティアさんによると
        15世紀半ばには鶴ヶ城の母体となる黒川城、
        そしてその城下町が築かれていたようである。
        城の石垣は400年の歴史があるらしい。
        早くから会津は東北の要としての地位にあり
        伊達家、上杉家などを城主として仰いでいたようなのだ。

        また、会津の無念の歴史「戊辰戦争」では
        3千余人もの戦死者を出し、そのほとんどの者が
        弔いを受けることもできず、野ざらしにされたのだと言う。
        鶴ヶ城の敷地にはおおきめの井戸が7ケ所あるが
        井戸などに投げ入れられたりした遺体も多かったのだととも言う。

        また、「弔い」をした人もいたのだが
        その「者」には明治政府により、「切腹」が命じられたのだと言う。
        「勝てば官軍、負ければ賊軍」とはこのことである。

        城の歴史を辿れば、興味あることがいっぱい出てくるだろうなと
        にわか歴女は思うのであった!

        鶴ヶ城はどの角度から見ても、素晴らしく美しい姿をしていた。
        周囲に高層ビルなどがなく、遮るものがないことも貢献しているようであった。
        また、瓦は赤瓦で、会津に見られる特徴である。
        赤瓦は長い期間、積雪にみまわれても、ひびなど生ぜず、耐久性があるらしいのだ。

        避難所



        また、原発の被災者の避難所になっている仮設住宅を訪れることもできた。
        ここに避難している方々は福島の「浜通り」の住民で
        雪深い会津とは大いに風土が異なるらしいのだ。
        温暖な「浜通り」の人々はいきなり4メートルも積雪のある会津の冬を
        仮設住宅で過すことになってしまったのである。

        いろいろ思うところのある会津訪問となった。
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        【2014/06/23 17:33】 | 旅便り | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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